国際協力, 徒然なるままに, 人生のセンタク

この国🇧🇩で迎える、4月24日。

この国🇧🇩で迎える、4月24日。

バングラデシュ🇧🇩に移住して、約4ヶ月が経ちました(2020年4月現在)。

 

 

我慢しなきゃいけないことはある。上手くいかないなーと思うこともある。でもそれは、どこで生きていたって同じだと思うので。

 

私は楽しくバングラデシュ🇧🇩で生きています。

 

2013年の4月24日に、ある出来事があってから…それを通して自分の人生の方向性が大きく変わってから…ずっとバングラデシュ🇧🇩に来たくて、今まで動いてきたから。

 

 

やっと。スタートラインに立てたかな、と思っています。社会人7年目にして、やっと。だから、この国🇧🇩で迎える4月24日は、何だか…感慨深い。

 

何が私の人生を変えたのか。2013年4月24日に何があったのか。ちょっとお話させてください。


2013年4月24日。

2013年4月24日。Rana Plazaビル崩落。死傷者は5,000人以上。

 

「アジア最貧国🇧🇩の首都にある商業ビルがひとつ、崩落した。沢山の命が亡くなった。」

 

それだけ、と言えばそれだけ。でもそこには、世界中でムーブメントを巻き起こすほどの大きな問題の、根源がありました。

 

※こちらの記事でも詳しくまとめているので、もし良ければご覧ください。

「Who made my clothes? (24th APR)」

 

バングラデシュ首都ダッカ近郊のビルが崩落した、という事故。

 

ビルの名前は、Rana Plaza。ビルの中には、縫製工場/銀行/商店などが、テナントとして入っていました。

 

ビル崩落の直接的な原因は、大型発電機とミシンの振動。さらに、このビルは違法建築により、5階から8階へ建増しされていたことも明るみに。

 

バングラデシュ🇧🇩史上、最悪の産業事故が明らかにしたこととは…

ファストファッションブランドを筆頭に、

グローバル展開する欧米や日本の大手ブランドが、

劣悪な労働環境や安価な労働力に依存して、

利益を上げている。

 

ということ。

 

 

そして、もうひとつ。

私たちが普段から着ている洋服も、

同じ状況の中で作られてきた可能性がある。

 

ということ。

 

決して、決してヒトゴトではありません。

 

2013年4月24日。当時、ネットのニュースで私はこの事故を知りました。

 

ごちゃごちゃに崩れたビル、そこに絡みつくカラフルな服、ヒト人ひと…

 

その時。「私はきっと、この事故に一生関わることになる。」って、なんだか直感的なことを感じたんです。自分が今身につけている服が、この事故で亡くなった人たちの手で作られたかも知れない…と思うと、その場から身動きが取れず…そのあと全身が震えだしたことを、今でも覚えています。

 

以前から興味のあった「国際協力/社会貢献」と、事件きっかけで関心の高まった「アパレル」という業界。このふたつの要素を絡めたことに関わりながら生きていこう。そう決意しました。


Fashion Revolution

「アジア最貧国🇧🇩の首都にある商業ビルがひとつ、崩落した。沢山の命が亡くなった。」

 

決してヒトゴトではないこの事故をきっかけに、世界中で「Fashion Revolution」が始まりました。

 

 

Fashion Revolutionが訴えかけていることはただひとつ。「服を大切に扱いましょう」ってこと。

 

トレンドにばかり流されてませんか。買ったばかりの服、捨ててませんか。タンスの肥やしになってませんか。

 

服を大切に扱うって、全然難しいことじゃない。ただ、自分の感性で、本当に良いと思ったものを買って着る。それだけ。

 

本来のおしゃれって、そういうことかも知れません。

 

2019年4月24日、Fashion Revolution Day。

自分のタンスと向き合って頂く良いきっかけになればいいなーと思います!😋


実は意外と知られていない。服は全て、手作業で作られる!⚠️

そうなんですよ。全て、手作業で作られます。機械ではないです。

 

実は意外と知られていないってことに、ビックリ。日本のアパレル時代の友人に話しても、驚かれることがある。同業界の人でも知られていない事実なんですね。

 

ファストファッションも、です。ブランド側から、1品番につき何万枚というオーダーを受け、縫製工場で手作業によって1枚1枚縫われていきます。

 

ちなみにわたくし。いまは、バングラデシュ🇧🇩の縫製工場で、アパレル品質管理の仕事をしています。それゆえ、服が作られていく様子を毎日見ていますが…

 

何百台のミシンがずらーっと並び、とんでもない枚数の服を、次から次へガンガン作り上げていく様子は、本当に圧巻です。

 

 

スタッフごとに、それぞれ担当があります。分業、流れ作業なんですね。一日中ずーっと布を切る人。ソデ部分を縫う人。ボタンを付ける人。…1人1人の作業が合わさって、布きれだったものが段々と1枚の洋服になっていく。

 

そうやって、1枚ずつ服は作られていきます。1枚の服に、沢山の人の手が加わって、沢山の工程を経て、完成されていくんですね。

 

ではでは。どんな環境で作業が行われているか、ちょっとお話させてください。


「そりゃ、ビルも崩落するわ。」と、思わざるを得ない状況。

イメージしてみてください。

 

アジア最貧国バングラデシュ🇧🇩の、縫製工場。そして、何百台ものミシン、何百人もの縫い子さんたち。1つのフロアに集められて、一斉に作業を行います。

 

じゃあね。ここで疑問に思っていただきたい。

・そのフロアって、きれいに掃除されてる?

・クーラーはついてるの?

・縫い子さんたち、休憩時間はある?

・トイレは用意されているの?

 

そんな疑問、出てきませんか?

 

更に。

 

・建物、耐震とか大丈夫なの?

 

実際問題、非常に悪い環境の中で作業を強いられていることが多いです。

 

常夏の国🇧🇩なのにクーラーがない、休憩時間はランチだけ、そんなの普通です。

 

建物に関しても、非常に危ない。工場の建て増しなんて、日常茶飯事です。エレベーター部分の建て増し、階段部分の補強工事、外装工事…それも、かーなーりー雑に行われます。

 

こんな感じ↓

(命綱なんてナシです。自己責任。風が強くても、作業は継続します。)

 

(木、ですよ。雨が降ってもスコールきても、お構いナシ。)

 

かなり語弊があること承知で申し上げますが…「そりゃ、ビルも崩落するわ。」と思わざるを得ない状況があるんですね…

 

全ての工場がそうとは言いません。中には、日本を始めとした先進国の技術を導入し、本国顔負けの状態で営業している、素晴らしい最先端工場もあります。

 

ただ、中には酷い環境の工場もある、というのが、隠すことの出来ない現状です。

 

4月24日に崩落したのが、たまたまRana Plazaだっただけ。

 

同じ惨事が起こり得るビルは、この国🇧🇩に沢山あるんだろうな…と推測しています。建築業界の専門家が見たら、違法建築を摘発しすぎて気が狂っちゃうかも知れない。それが、この国🇧🇩の現実のひとつ、なのです。


「マダム。今日は、工場が稼働しません。」の、真意。

たまに。朝、工場に行っているはずのうちのスタッフから、わたし(=マダム)に、電話📲がかかってきます。

 

「マダム。今日は、工場が稼働しません。」

 

その度にわたしは、「またか😱…」と思うわけです。その真意は…ストライキが起きていますよ、という意味。ストライキの原因は色々あります。でも大体は、工場から縫い子さん達への給料が払われていない場合が多い。しかも3ヵ月分未納とか、です。

 

給料が支払われない理由も、様々。でも大体は、オーダーを発注したブランド側が工場に支払いをしていないという理由が多いみたいです。納期が遅れたからとか、商品の品質が悪いからとか、文句をつけて。

(ストの時は、こんな様子です。イメージ図。)

 

 

一度ストを起こしたら、工場が通常稼働に戻るまでに結構時間がかかります。それに、ストを起こしたって、オーダーの数量や納期が変更になる訳ではありません。オーダーを受注した以上、納品をしなければいけないので、縫い子さん達は結果的に自分で自分の首を締めることになってしまいます。

 

酷い状況になると分かっていても、ストを起こしてしまう。そのことに対する、更なる真意は、それだけギリギリの状態で生活している、ということなのかも知れません。これも、この国🇧🇩の現実のひとつ、です。


縫製業の最低賃金、いくらなの?

縫い子さんたちは、毎月だいだいいくらのお給料をもらっているのでしょうか。

 

この国🇧🇩の縫製業界の最低賃金は、2019年現在で、なんと、8,000Tk(=タカ)。日本円で、約10,000円。

 

バングラデシュ🇧🇩でなら生活することは出来るかもしれない。でも、貧しい生活を余儀なくされているのは明らかな事実です。更に追い打ちをかけるように、給料未納となったら…ストも起こしてしまいますよね…。

 

そして実は、縫製産業がこの国🇧🇩を牽引するといっても過言ではありません。

 

最低賃金は、定期的(だいたい1年に1回)に見直されます。そして、巨大産業であるがゆえ、最低賃金が決定されるまでには、なかなか一筋縄にはいかないんです。縫い子さん達側(=労働者側)の意見、工場など管理者側の意見、政治家の意見、などなど。何度も何度も協議をするようです。

 

複雑な要素が絡み合い、協議に協議を重ね、その結果2019年は8,000Tkということになりました。次回の協議の際は、どうなることやら…

 

⚠️ちなみに。カンボジア🇰🇭の縫製業界の最低賃金についてちょっと書いたことがあるので✒️、同じような境遇にある生産国、比較対象として、共有させて頂きます。ご興味あれば、ぜひ。

 

繊研新聞 掲載(2018年2月15日) 「カンボジア縫製業界の最低賃金について」

 

 

どの国もいっしょだな…と思わざるを得ない状況です…😨


ちょっとひとこと…

バングラデシュ🇧🇩も、カンボジア🇰🇭も、縫製業界は国を牽引する産業と言われています。それだけ関わるヒトの数が多いし、動くお金も大きい。

 

縫製業界がそれぞれの国に与える影響、すごく大きいんですね。それゆえに、恩恵を受けることもある反面で、一筋縄に行かない場面も多い。業界として成長して行って欲しいと思う反面、うーん…と思ってしまうのも正直なところではあります…👀

 

一つの国が発展していくのに必要なのは、「文化」というコトバを、尊敬してやまない方が仰っていました。私も、その通りだと思います。

 

こういった縫製産業という、外国からのオーダーあってこその産業が国を牽引するのも良いことではあると思います。しかしその一方で、自国の「文化」の発展という観点から考えると…単純に喜べることばかりではない気もします。

 

正しい発展の仕方なんて、そんなのない。けど、自国の「文化」を薄れさせてしまって良い理由も、ない。

 

「バングラ🇧🇩プライド」、「カンボジア🇰🇭プライド」を、決して忘れないで欲しい。そう願ってやみません。


毎日、色んなことが起こります🇧🇩。

そんなこんなで。

 

本当に毎日いろーーんなことが起きます。

 

実際。24時間、週7日、サバイバル生活。

 

そりゃあねえ、強くなるわ笑←

 

もう、大概のことには驚きません。動じませんよ。

 

確かにね、「このー!!!!!怒👊」って思うこと、沢山あります。でも、この国🇧🇩に住まわせて頂いているんだから。生まれ育った環境も、宗教も、価値観も、話す言葉も、全て違う、だからそれはしょうがない。

 

いやいや、しょうがないというか、だから、楽しい。

 

みんな違って、みんないい。


置かれた環境に感謝! エブリデー原点回帰。

4月24日をこの国🇧🇩で迎えることができた環境に、感謝です。

 

「私はきっと、この事故に一生関わることになる。」そう決断した、6年前の私に、今の所は間違ってないみたいだよーと教えてあげたい。

 

((「私が生きる意味はこれかもな」って思ったりもします。バングラ🇧🇩とか、カンボジア🇰🇭とか、住むってなかなかいかついぜ。なかなか出来ることじゃないぜ。ここだけのハナシ。笑))

 

置かれた環境に感謝。エブリデー原点回帰。

 

2013年4月24日の決断は間違っていなかった、と、言い続けられる様に、自分のオモイを具体的なカタチにできるように、これからも生きて行きたいと思います。

 

来年のFashion Revolutionでは、何か発信出来る様なこと、イベントとか、したいなー!👀

“この国🇧🇩で迎える、4月24日。” への 2 件のフィードバック

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