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バングラデシュ🇧🇩 “特別な病院”に行ってきた

“特別な病院”に行ってきた

バングラデシュの、特別な病院に行ってきました。

 

何が特別かというと、実はこの病院、

 

ラナ・プラザ (Rana Plaza) 崩落事故の際に、多くの犠牲者が運びこまれた病院だったのです。

 

Rana Plaza崩落事故のこと、ご存知ですか?

 

簡単に説明すると、

 

 

2013年4月24日、

 

Rana Plazaという商業ビルが大崩落し、何千人という多くの方が犠牲となった産業事故。

 

ビルの中には、複数の縫製工場が入っていました。

 

そして、ビルが崩落した直接的な原因は、縫製工場で使用されていた数百台のミシンの振動と、ミシンを稼働させるための発電機の振動と言われています。

 

そして、この事故を皮切りに、

 

“グローバル展開する欧米や日本の大手衣料品業者が、劣悪な労働環境や安価な労働力に依存して、世界中で大きな利益を上げている状況”

 

が、浮き彫りとなりました。

 

 

※事故に関しては、コチラで詳しく述べています。

 

“Who made my clothes?”

 

“Rana Plaza跡に行く”

 


見学したのは、Enam 医科大学病院

今回、特別に見学させて頂いたのは、“Enam Medical College Hospital”という病院です。

 

とても規模の大きな病院で、多くの医学生さん達が学んでいました。

 

 

Rana Plaza跡のあるSavar(サバール)エリアでは、最大級の規模を誇る病院とのことです。

 

 

距離的にも、病院の規模事故当時対応できるのはこの病院しかなく、事故当時は数千人もの犠牲者の方達が緊急搬送されてきました

 

いまは通常営業に戻っていますが、未だに当時の後遺症を抱える患者さん達がいます。

 

そんな中、実は今回スペシャル対談が実現しまして。病院のVIPの方と直接お話をさせて頂く機会を得ることが出来ました。

 

現地と離れていると、ニュース画面や紙面での間接的な情報しか、得ることが出来ません。

 

ただ、今回は特別に機会を頂けたので、特別な思いでスペシャル対談に臨ませていただきました。

 

ちょっと目を背けたくなる様な現実がそこにはあります。でも、VIPの方とお話を進める中で、これは伝えなければ…と思い、書きました。


今回のスペシャル対談、お相手のVIPとは!!

今回のスペシャル対談。

 

お相手のVIPとは…

 

病院長ご夫人!!

 

その名も、ラブリさん!

 

病院の屋上階にあるラブリさんご自宅で、お話を聴かせて頂きました。

 

 

(一番右の女性が、ラブリさん。 一番左の男性が、私をアテンドしてくれたラブル氏。こんなスペシャル対談が実現するなんて思わず…もっとちゃんとした格好で行けばよかった)

 

ラブリさんは事件当日、病院の最前線で対応されていたとのことです。

 

そして、当時のお話をお聴きしつつ、写真も沢山見せて頂きました。

 

(*ここに載せている写真は、ラブリさん提供の当時のものです)

 

 

犠牲者の方達が退院した後も、継続的に診察や家庭訪問などを続けているそうです。

 

 


事件当時の様子って…!?

事件当時の様子、どんな惨状だったのか。

 

お聴きしたいことが沢山ありました。

 

ただ、ラブリさんにとって、本当に辛い記憶を辿って頂くことになるので、正直どこまで質問していいものか…と迷っていたんです。

 

 

そんな私の気持ちを察して下さったのか…

 

「ハルカ。何でも聴いて良いのよ。こうやってここで会えたのも、あなたがラッキーな証拠。誰にでもあるチャンスじゃないんだから。」

 

そして…

 

「今から私がハルカに話すことや、写真を、出来るだけ多くの人に知って欲しいの。」

 

そんな言葉を頂きました。

 

事件当時、“CNN”、そして、“アルジャジーラ”からのインタビューも受けた経験をもつラブリさん。

 

そんな彼女が、お話してくださいました。

 

ありがとうラブリさん。伝えます。


実際の様子

事件は突然起こりました。

 

2013年4月24日(水)、平日の朝。

 

 

Rana Plazaは、大通りに面した道路沿いに建っていました。

 

特に通勤ラッシュの時間帯は、“リキシャー/CNG”、バス、人で、非常に混み合います。

 

 

そんな中。

 

商店、銀行、そして縫製工場が入っていたビル、Rana Plazaは、崩落しました。

 

 

負傷者、救助隊、医療者、そして街中から駆けつけた応援の人達…

 

多くの人達が集まり、現場はまさにカオス。

 

 

事件後の数週間は、医療者も休む暇もなく働き続けました。

 

 

(病院内で仮眠を取る医師達)

 

事故の被害者の中には、命を失う人や、手足を失う人など、、、被害状況は多岐に渡ります。

 

 

下の写真の女性は、事件直後に出産しました。

 

新しい命は守ったものの、片腕を失うこととなってしまいました。

 

 

継続的な看病が功を奏し、回復する人もいれば…沢山の命がなくなっていきました。

 

 

実は、死傷者の人数は、事故から何年も経った今でも、分かっていないそうです。

 

Rana Plazaの中に入っていた縫製工場が、正確な従業員数を公表していない(労働基準に達していない人を雇っていた可能性がある)、ということ。

 

助かった人の人数がはっきりしない(=把握することが難しい)、ということ。

 

また、Rana Plazaビルの所有者であったRana氏は、地元の政治的有力者だったそうで、政治的なチカラが働き、真実が伝わらないように操作されているという説もあります。

 

これが、現実です。


各界の重鎮も…

バングラデシュの首相(=彼女は2020年の今も現役首相です)、Sheikh Hasina氏も、緊急で病院に駆けつけました。

 

 

国会議員…そして、宗教界重鎮…

 

 

多くの人が集まり、支援に協力してくれました。

 

 

ラブリさんは、“CNN”、そして、“アルジャジーラ”からのインタビューも受け、国内各紙もこの事故のことを大きく取り上げました。

 

 

それまでにバングラ🇧🇩で起こった事故は、そんなに大きく取り上げられることはなかった。でも、これだけ多くの重鎮がバングラ🇧🇩に集まり、世界中のメディアからの取材を受けるなんて…

 

一連の出来事を通して、ラブリさんは事故の大きさを実感していったそうです。。。


ラブリさんの涙

ラブリさんのお話を聴いていて、強く感じたこと。それは…

 

自分の国のことは、自分で守る!という、強い決意。そして…愛情です。

 

ラブリさんご本人としても、病院長ご夫人としての人生の中で、最大の試練だったと話してくれました。

 

事故当時は本当にカオスで、病院は死傷者だらけ…場所が足りず、近くの学校の校舎を間借りしてまで、看病を続けたそうです。

 

そんな話しをするラブリさん。

 

「もうあんな経験はしたくない。だけど、少しでも多くの人に知って欲しいし、二度と同じ事故が起こらないことを願って止まない。」

 

ラブリさんは、涙を流していました。

 

強い愛情。そして、バングラ🇧🇩プライドを感じた気がします。


バングラ🇧🇩史上最大の産業事故

“Rana Plaza崩落事故”は、人災です。

 

 

防ぐことが出来た事故、ということです。

 

2013年4月24日に事故が起こってから、数年が経ちました。

 

事故を皮切りに、世界中でムーブメントが起こり始めています。

 

“Who made my clothes?”

 

世界は、少しずつよくなっているのかも知れません。

 

しかし、失われた命は決して戻って来ません

 

 

決して。二度と。起こってはいけない事故です。

 

現場を実際に見た私ができるのは、ラブリさんの仰る通り、一人でも多くの人に伝えること。

 

そして。

 

事故後に残された私たちにできるのは、事故を風化させないこと

 

Fashion Revolution Week だけこのことを振り返るのではなく、服が好きな人なら尚更のこと、服の裏の闇に隠されたこのストーリーを、ずっと覚えておくことが大切だと思います。

 

決して、もう二度と、こんな事故が起きませんように。

 

洋服に関わる全ての人が幸せになる日が、近しい未来にきます様に。

 


番外編: なんで見学出来たの??

なぜ、特別に見学🏥することが出来たかと言いますと…

 

今回のバングラ🇧🇩滞在では、特別に、“現地の学校”も見学させて頂きました。

 

その学校の先生方のお抱えドライバームジャン氏🚘が、私をあちこちに連れて行ってくれたのですが、

 

(ムジャン氏🚘。私の空港送迎をしてくれたのもムジャン氏🚘。本当にありがとうございます!)

 

そのムジャン氏🚘が、Enam医科大学病院の重鎮のラブル氏🏥とお知り合いだったそうで、

 

(右: ラブル氏🏥)

 

ムジャン氏🚘が、私とラブル氏🏥を繋いでくれたんです!

 

そして、私の突撃訪問にも関わらず、ムジャン氏🏥の神対応で、病院見学を許可して頂けました!

 

そしてそして、病院内の見学も然る事ながら…

 

病院重鎮のラブル氏🏥がラブリさん👩を紹介してくれ、スペシャル対談が実現したのです!!😭

 

みなさん、なんてフットワークが軽いの!!そして、なんて私ったら図々しいの!!笑

 

ムジャン氏🚘!!ラブル氏🏥!!そしてラブリさん👩!!!ありがとうございました!!


後日談:

この記事を書いたのは、私がバングラデシュに初めて渡航した直後なので、2018年5月(当時はカンボジアに住んでいました)。そのあと私はバングラデシュへの移住を決意し、2019年1月にバングラに住み始めるのですが。

 

住み始めた当初も、在住1年を過ぎたいま2020年4月も、ラブル氏🏥、ラブリさん👩、たまに連絡くれてご飯行かせて頂いたりしてます。もう、本当に温かい方達。

 

ラブル氏🏥にいたっては、かつて日本の埼玉で働いてたことがあるらしく。日本で働いていた時の会社のボスや先輩が本当にいい方達だったみたいで、よく彼は「僕が日本で沢山お世話になった分、僕はバングラデシュにいる日本人の役に立ちたい」って話してくれます。もう本当に、いつも頭が上がりません。こうやって優しさのバトンって巡っていくんだなって思います。

 

全然はなし変わっちゃったけど、こういう方達がいるバングラデシュ。もちろん住んでると色々あるけど。でも私は、好きです。


バングラデシュ🇧🇩は、とんでもない国でした。

【編】でまとめています!ご覧ください!

【~メイン目的編~】
“Rana Plaza跡に行く”
“Grameen Uniqloに行く”
“ベンガル人の生活を見に行く”

【~特別見学編~】
“現地の学校”
“現地の病院”

【~行ってみました編~】
“ダッカ国際空港”
“旧市街 (Old Dhaka)”
“ダッカ駅”
“バザール (市場)”

【~しちゃいました編~】
“バングラでマッサージしちゃいました!”
“Jamuna Future Park (ショッピングモール)で、お買い物しちゃいました!”
“市民の足、リキシャー/CNGで、移動しちゃいました!”

“バングラデシュ🇧🇩 “特別な病院”に行ってきた” への 6 件のフィードバック

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